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お疲れさまです、金光です。
更新遅くなって申し訳ありません。
メニューです。
up 200*1 cho
50*6 drill
SAQ 7mdash*8
dive~underwater10m *4
cho 100*6 1'45
main1 25*20 1'30 dive S1 5の倍数10mストリームライン
loosen 100*1
main2 メディシン腹筋 40往復*3
rest
resist tube 10"max,10"rest *4*3
down たくさん
でした。
田畑さん、宮崎さん、かなちゃん、馬場ちゃん、練習参加ありがとうございました。
特にmain1で横を泳いでくださった田畑さん、main2の腹筋でカウントしてくれた馬場ちゃんには本当に助けられました、しっかり頑張れました。
普通に筋肉痛で死にそうになりました、きつかったです。
main2ではゆうへいとりょうへい、なおきと僕にグループを分けてやりましたが、なおきの頑張りというか姿勢に改めて感心しました。1回生から尊敬してやまない同期ですが、引退間近のこの時期になっても彼の練習姿勢に魅せつけられました。
さてさて引退日記 PART2です。あ、今日も長くなります。
前回は水泳の楽しさに気付いたことを書きました。
といっても水泳はきつくてつらい競技ですよね、間違いなく。もちろん選手だけでなくマネージャ-もです。辞めたいと思ったことがある人は少なくないと思ってます。主将になってからこの1年、部員の進退について10回程度は関わりました。
僕自身、1回生の終わりにヘルニアと診断されたときは辞めることを真剣に考えました。全く泳げない時期はやる気もなくなってしまいましたが、その時はなんだかんだ2ヶ月程度で試合に出ることができ、なんとか復帰できました。
しかし、その後も練習の参加率は非常に低いままここまできました。朝起きたときに全く動けない程痛いこともありかなりきつかったです。でもそれ以上に一番きつかったのは、中途半端な痛みのときに練習で悪化することへの恐怖心のようなものが生まれて、自分でも後から思えば行ってよかったんじゃないかと思うような休み方をしてしまうことです。
おーみが引退挨拶で言った「頑張りたいのに頑張れないのはまずい」ですが、けがをきっかけにまさにそんな状態に陥ってしまっていました。ゆーじに「けがなんて自己管理次第っしょ」と言われますが、本当にその通りですよね。自分の身体的、精神的な脆さが僕の練習参加率の低さに全て表れています。
そんな状態の中、最初は試合でベストが出ても「あいつ練習もこないでベストでてるわ、むかつくわ。」みたいなことを思われてる気がしてとてもやりづらかったです。勝手な被害妄想を抱くのも、今思えば情けない精神状態だなーと。
メリレのメンバーになった頃からでしょうか、責任感と貪欲さが出てきて段々と前向きになってきました。けがをしてる自分が結果を出すことで、「練習きてない奴でも結果を出せるなら俺だって出せる。」みたいに思ってもらおう、みたいな非常に都合の良い解釈を思いつきました。練習も自分なりのやり方を必死に模索して、常に試合のことを強く意識して練習をしていました。2回生の冬に100mで一気に3秒くらい縮んでインカレが見えたのも心構えが変わったことは大きな要因だと思っています。
主将になることが決まったりする中で、前向きな思考をもって行動することが自分の人生を良い方向に進めてくれました。けが人の多いこの部で、自分がインカレを切ることでその人たちに勇気を与えられるんじゃないかと思うようになりました。自分がけがを抱えたまま水泳をすることも、結局後悔のない人生を送りたいからという自分の価値観に素直になったからで、それを主将になっても貫き通しました。迷惑をかけながら遠慮なく就活をさせてもらったからこそ、後悔なく就活を終えられました。
何か故障をしたままでもインカレを切る秘訣、みたいな都合のよいものがあれば良かったのですが、当たり前ですがそんなものはありません。もちろんけがを予防するために全力を尽くすくらいのことはして当然だと思います。例えば、疲労感や筋肉にちょっとでも張りや炎症がある時に不必要にお酒を飲むとか僕にはよくわからないです。代わりにプロテイン飲めばいいじゃん。しかし、けがは実際に避けられない場合もあります。大事なのは、けがをしても自分がやると決めた水泳、達成すると掲げた目標に対して前向きに立ち向かうこと。僕は運よく目標が果たせましたが、もし結果的に果たせなくても後悔はないと思えるくらいの取り組みや姿勢を貫けたかどうかだと思います。(最初から目標が果たせなかったときのことを考えるという意味ではありません。)
僕にとってのけがは乗り越えたり克服したりするというよりは、前向きな心構えで上手に付き合っていくものでした。もちろん僕は平凡な、いやむしろ肉体的にも精神的にも弱い人間なので、ずっと良い状態でいられた訳ではないです。自分に甘えたり心が折れたり簡単に我慢できそうな欲にも負けます。それでも全体を通してみれば後悔なく、そして運良くインカレも出れました。どうか後輩、特にけがを抱えている人たちは前向きに目標に立ち向かい、最高の水泳部生活を送ったと胸を張ってもらいたいなと思います。
写真は先日内定者同士で山中湖に行ったときに雲から良い感じに富士山が出てきたときのやつです。写真だと感動は伝わらないですが笑
更新遅くなって申し訳ありません。
メニューです。
up 200*1 cho
50*6 drill
SAQ 7mdash*8
dive~underwater10m *4
cho 100*6 1'45
main1 25*20 1'30 dive S1 5の倍数10mストリームライン
loosen 100*1
main2 メディシン腹筋 40往復*3
rest
resist tube 10"max,10"rest *4*3
down たくさん
でした。
田畑さん、宮崎さん、かなちゃん、馬場ちゃん、練習参加ありがとうございました。
特にmain1で横を泳いでくださった田畑さん、main2の腹筋でカウントしてくれた馬場ちゃんには本当に助けられました、しっかり頑張れました。
普通に筋肉痛で死にそうになりました、きつかったです。
main2ではゆうへいとりょうへい、なおきと僕にグループを分けてやりましたが、なおきの頑張りというか姿勢に改めて感心しました。1回生から尊敬してやまない同期ですが、引退間近のこの時期になっても彼の練習姿勢に魅せつけられました。
さてさて引退日記 PART2です。あ、今日も長くなります。
前回は水泳の楽しさに気付いたことを書きました。
といっても水泳はきつくてつらい競技ですよね、間違いなく。もちろん選手だけでなくマネージャ-もです。辞めたいと思ったことがある人は少なくないと思ってます。主将になってからこの1年、部員の進退について10回程度は関わりました。
僕自身、1回生の終わりにヘルニアと診断されたときは辞めることを真剣に考えました。全く泳げない時期はやる気もなくなってしまいましたが、その時はなんだかんだ2ヶ月程度で試合に出ることができ、なんとか復帰できました。
しかし、その後も練習の参加率は非常に低いままここまできました。朝起きたときに全く動けない程痛いこともありかなりきつかったです。でもそれ以上に一番きつかったのは、中途半端な痛みのときに練習で悪化することへの恐怖心のようなものが生まれて、自分でも後から思えば行ってよかったんじゃないかと思うような休み方をしてしまうことです。
おーみが引退挨拶で言った「頑張りたいのに頑張れないのはまずい」ですが、けがをきっかけにまさにそんな状態に陥ってしまっていました。ゆーじに「けがなんて自己管理次第っしょ」と言われますが、本当にその通りですよね。自分の身体的、精神的な脆さが僕の練習参加率の低さに全て表れています。
そんな状態の中、最初は試合でベストが出ても「あいつ練習もこないでベストでてるわ、むかつくわ。」みたいなことを思われてる気がしてとてもやりづらかったです。勝手な被害妄想を抱くのも、今思えば情けない精神状態だなーと。
メリレのメンバーになった頃からでしょうか、責任感と貪欲さが出てきて段々と前向きになってきました。けがをしてる自分が結果を出すことで、「練習きてない奴でも結果を出せるなら俺だって出せる。」みたいに思ってもらおう、みたいな非常に都合の良い解釈を思いつきました。練習も自分なりのやり方を必死に模索して、常に試合のことを強く意識して練習をしていました。2回生の冬に100mで一気に3秒くらい縮んでインカレが見えたのも心構えが変わったことは大きな要因だと思っています。
主将になることが決まったりする中で、前向きな思考をもって行動することが自分の人生を良い方向に進めてくれました。けが人の多いこの部で、自分がインカレを切ることでその人たちに勇気を与えられるんじゃないかと思うようになりました。自分がけがを抱えたまま水泳をすることも、結局後悔のない人生を送りたいからという自分の価値観に素直になったからで、それを主将になっても貫き通しました。迷惑をかけながら遠慮なく就活をさせてもらったからこそ、後悔なく就活を終えられました。
何か故障をしたままでもインカレを切る秘訣、みたいな都合のよいものがあれば良かったのですが、当たり前ですがそんなものはありません。もちろんけがを予防するために全力を尽くすくらいのことはして当然だと思います。例えば、疲労感や筋肉にちょっとでも張りや炎症がある時に不必要にお酒を飲むとか僕にはよくわからないです。代わりにプロテイン飲めばいいじゃん。しかし、けがは実際に避けられない場合もあります。大事なのは、けがをしても自分がやると決めた水泳、達成すると掲げた目標に対して前向きに立ち向かうこと。僕は運よく目標が果たせましたが、もし結果的に果たせなくても後悔はないと思えるくらいの取り組みや姿勢を貫けたかどうかだと思います。(最初から目標が果たせなかったときのことを考えるという意味ではありません。)
僕にとってのけがは乗り越えたり克服したりするというよりは、前向きな心構えで上手に付き合っていくものでした。もちろん僕は平凡な、いやむしろ肉体的にも精神的にも弱い人間なので、ずっと良い状態でいられた訳ではないです。自分に甘えたり心が折れたり簡単に我慢できそうな欲にも負けます。それでも全体を通してみれば後悔なく、そして運良くインカレも出れました。どうか後輩、特にけがを抱えている人たちは前向きに目標に立ち向かい、最高の水泳部生活を送ったと胸を張ってもらいたいなと思います。
写真は先日内定者同士で山中湖に行ったときに雲から良い感じに富士山が出てきたときのやつです。写真だと感動は伝わらないですが笑
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